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執筆者の写真キボタネ

連続講座第1回「私たちには記憶すべきことがある」報告


【第1回】「私たちには記憶すべきことがある」

日時:2023年12月10日(日)19:00~21:00 

真鍋祐子さん(東京大学東洋文化研究所・教授)


坪井佑介


 希望のたね基金では2023年12月10日に第1回キボタネ連続講座を開催しました。第1回は本連続講座の総タイトルでもある「私たちには記憶すべきことがある」というテーマで、真鍋祐子さんにお話いただきました。『私たちには記憶すべきことがある』は韓国の人権活動家である朴来群さんの本のタイトルであります。「犯罪が正当化された権力の歴史」を「人権の歴史」に書き換えるために声を上げることが重要だと語った朴来群さん。この本を翻訳した真鍋さんから、私たちは何を、どのように記憶していけばよいのかということ、そして記憶することの意味についてお話をうかがいました。


 朴来群さんの著書『私たちには記憶すべきことがある』では、韓国において帝国日本や軍事政権の犠牲となった人々の声に耳を傾けながら、「私たちが記憶すべきこと」は何かを読者に語りかけます。著者の朴来群さんは韓国の読者を想定して本を書いていますが、これは「私たち」日本の読者にとっても記憶すべきことであると真鍋さんは言います。韓国における市民運動の歴史を日本の運動と安直に比較したり、外国史として相対化するのではなく、朝鮮、韓国の近現代史と切り離すことのできない日本近現代史の視座から見つめ直す必要があるからです。歴史問題の視点を欠いたまま安直に韓国の市民運動を捉えたり、日本の市民運動、民主主義は韓国より先進的だったという歴史認識を披瀝したりすることに対する違和感や憤りが、真鍋さんがどうしても本書を翻訳したかった理由であったとお話されました。


 では、その視点を踏まえた上で韓国民衆史をどのように見ればよいのか。韓国の運動は一貫して「死者」を主語においた運動だったと真鍋さんは言います。そこには公的歴史から排除された死者の記憶からなるオルタナティブな歴史意識があります。光州をはじめとした民主化運動の犠牲者たち、セウォル号惨事や梨泰院惨事で亡くなった人々、そうした死者を「記憶」することで多くの市民は闘ってきました。「記憶」とは、弱い者たちによる最強の「抵抗の武器」である。これこそが朴来群さんがもっとも伝えたかったことではないかと真鍋さんは語ります。大声で話せないなら、言葉を封じられてしまったなら、黙ってでも覚えていること、記憶し続けること。それが私たちだれもができる最大の抵抗になりえる。逆に言えば社会の記憶力の乏しさこそ、権力に同じ過ちを赦す。その意味でも、韓国現代史は記憶の闘争と言うことができると真鍋さんは語られました。

 

 最後にジュディス・バトラーの「失うことで私たち皆はかろうじて『私たち』となる」という言葉を引用し、これが韓国の運動の強みであり、重要な視点であると指摘されました。「失うこと」を経験した他者と垣根を超えて連帯することで、失った人々同士が「私たち」として一つになって闘っていくことができる。朴来群さんもまた、民主化を求め「光州は生きている」と叫んで焼身自殺した弟を失った経験がありながらも、遺族会の運動にとどまらず、拷問被害者、米軍基地拡張によって土地を失った人々、セウォル号、梨泰院の被害者など、別のものを失った他者とともに運動をしてきました。そして、そうすることで本当に闘う相手の顔が見えてくる、社会構造そのものと闘わなければならないということがはっきりしてくると言います。これが韓国の運動にあって日本ではなかなか見られない、日本で運動する人々がもっと目を向ける必要のある部分だということでした。


 私たちキボタネでは日本軍「慰安婦」問題を記憶・継承するために活動を続けており、私も活動をしながら歴史を記憶することの意味について常々考えております。今回の講座で真鍋さんが話された、記憶することが最大の武器であり抵抗となりうるという言葉には大変勇気をもらうことができました。そして、失うことを経験した他者と連帯しながら、死者の記憶をもって闘ってきた韓国の運動史に私たちは今一度目を向ける必要があるのではないかと思います。今回の講座を通し、歴史を記憶することの重要性を再確認し、これから私たちがどのように運動を続けていくべきかを考えていくうえでの重要な示唆を得ることができたのではないかと思います。これからの活動の道しるべともなりうる貴重な講義をしていただいた真鍋祐子さんに深く感謝申し上げます。

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