【2021若者PJT】川田文子さんの運動史聞き取り感想文

石田 凌太


4月25日(火)に第2回、5月8日(土)に第3回目の川田文子さんへの聴き取りを行いました。両日ともに約2時間半お話いただきました。内容は、これまでの日本軍「慰安婦」被害女性たちとの出会いと交流、「在日の慰安婦裁判を支える会」などの運動について語っていただきました。

「慰安婦110番」をきっかけに、日本国内にもあった「慰安所」で被害に遭われたと思われる女性や宋神道さんと出会い、そこからどのような経緯で裁判をすることになったのかという話が印象的でした。裁判をするという決断は宋さんにとって簡単に決められるものではありませんでした。何度も彼女のもとに足を運び、宋さんの話を丁寧に聞いてきた川田さんだからこそ、彼女の意思を尊重しつつ、最終的に裁判をするという選択になったのだと思いました。

また、運動に一貫して関わり続けていた川田さんが、ご自身にとってはそれをやり続けることが当たり前に重要なことであり、同時に仲間との交流が楽しかったと笑みを浮かべて話している姿から、川田さんが日本軍「慰安婦」問題に関わり続けてきた原点を垣間見た気がしました。要所要所でお話しされた「間引き」にまつわる子守唄への関心やご自身の生い立ちなどからも、川田さんの経験してきた時代背景や世界を感じることができました。計3回の聴き取りを経て、川田さんの人生のほんの一部ではあるけれど、日本軍「慰安婦」問題解決運動史を知る上では非常に重要な軌跡を一緒に辿ることができました。これらの活動が川田さんにとってどのような意味を持つのかを考えることで、私自身のこの問題との向き合い方をさらに深く考えるきっかけとなりました。

最後に、語りきれなかったことの方が多いとは思いますが、計3回の2時間半のインタビューという大変なプロジェクトにご協力してくださりありがとうございました。

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