top of page

キボタネ オンライン集会        2025年、このままじゃ終われない!石破茂「戦後80年所感」の落とし穴の報告

8月3日
読了時間: 4分

■□■━━━━━━━━━━━━━■□━━━━■□■

キボタネ オンライン集会

   2025年、このままじゃ終われない!

 石破茂「戦後80年所感」の落とし穴

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■


日時:2025年12月21日(日)19:30~21:00

開催方式:オンライン限定(後日配信あり)

ゲスト:中野敏男さん(東京外国語大学名誉教授


 2025年10月10日、石破茂前首相は「戦後80年に寄せて」と題する「所感」を発表しました。この「所感」をめぐっては、「歴史に学ぶ姿勢」を真摯に示したとして称賛する論調が一部にみられます。日本近代に一貫して流れる女性蔑視や植民地主義、アジア諸国への加害責任を軽視しているにもかかわらず、高市政権誕生の衝撃が大きすぎるあまり、「所感」の抱える根本的な問題点がスルーされてはいないでしょうか。

 こうした問題意識から、今回の集会では、キボタネに集う若い世代のメンバー3人が、日本軍性暴力被害者の証言に触れてきた経験を活かしながら「所感」の問題点を発表し、その後、ゲスト・コメンテーターの中野敏男さん(東京外国語大学名誉教授)を交えてクロストークを行いました。

 一人目の発表者は、石破氏が防衛庁長官時代に防衛参事官制度の廃止を進言して文民統制の原則を反故にしようとしたことから、シビリアン・コントロールの大切さを説く「所感」とのあいだに重大な齟齬が生じていることを指摘しました。また、過去には石破氏が安倍政権による朝鮮学校無償化適用除外を擁護する発言を残している点をふまえ、「偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません」という「所感」の一節と矛盾しており、みずから差別扇動を行ってきたことを批判しました。

 二人目の発表者は、4代続くキリスト教徒の家系である石破氏の信仰的背景に着目して「所感」を読み解きました。石破氏は、信仰から生まれる政治倫理として、自己への過信を戒め、他者との合意形成を重視してきましたが、今回の「所感」では植民地主義に由来する構造的加害について沈黙を貫いています。その点について、石破氏が神の前の「個人」として罪を悔い改めながらも、他者への加害責任を語る「構造」の告白には至らなかったことが、この沈黙の背景にあるのではないかと考察しました。

 三人目の発表者は、朝鮮半島の日本軍「慰安婦」サバイバーである吉元玉さんの人生を振り返りながら、「所感」の冒頭部分に掲げられた「この 80 年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました」という一文の欺瞞性を批判しました。そのうえで、反省の対象を「無謀な対米開戦」のみに限定し、アジアの被害者一人ひとりの人生を無視した「所感」を受け入れることはできないと訴えました。

 以上の発表を受けて、ゲスト・コメンテーターの中野さんは、「慰安婦」問題が公論化した90年代という時代の意味を振り返りつつ、「所感」の問題点を検討しました。90年代は、右翼の歴史否定論だけでなく、「お詫びと反省」を表明しながら賠償責任を認めない「国民基金」型収拾策との闘いが展開された時期でもありました。中野さんは、石破氏の「所感」が植民地支配責任そのものを無視している点で、「国民基金」型収拾策からもさらに後退しており、高市政権よりマシな「最低限の認識」にさえなりえないと喝破しました。

 私たちが常に立ち返るべきは、日本軍の「慰安婦」とされた被害者の声と経験であり、被害者が求めた公式謝罪・賠償・歴史教育なくして侵略戦争の再発防止は不可能です。この点に関する誠実な言及のない首相見解は、決して受け入れることができません。高市政権や参政党を批判すべき時期だからといって、このような問題含みの「所感」を放置しておけば、30年以上に及ぶ日本軍「慰安婦」問題解決運動の歩みを無効化し、日本政府の「解決済み」論を認めてしまうことになります。「せめてこのくらいのレベルまでは共有したい」とか「今の日本ではこのレベルが限界」といった、ある種の諦めを含んだ消極的擁護や戦略的撤退のスタンスもまた、日本政府の立場に加担する考え方です。世界的に極右が台頭する時代だからこそ、石破氏のような「寛容な保守」に騙されて、いつの間にか自分たちの要求水準を譲歩させられることのないように、闘いの意志を再確認する集会となりました。

(文責:近藤凜太朗)

最新記事

すべて表示
キボタネ連続講座2026 若者が聴く-地元から始める日本軍「慰安婦」問題解決運動- 第3回 広島の感想

 私達は広島市在住の岡原美知子さんにお話を伺った。岡原さんは1972年から38年間、小学校の教壇に立ち、1991年から4年間は教職員組合専従を務めた。教育現場での権利運動を皮切りに、「慰安婦」問題、中国人強制連行・労働裁判、教科書問題等、多様な平和・人権課題に横断的に関わってこられた。

 
 
 

コメント


bottom of page