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「徴用工問題」緊急学習会報告

「徴用工問題」学習会報告

坪井佑介


 希望のたね基金では2023年2月20日、3月9日の2回にわたって「徴用工問題」に関する緊急学習会を開催しました。

 2023年3月6日、韓国政府は強制動員被害者が受け取る訴訟判決金等を韓国企業が日帝強制動員被害者支援財団などを通して肩代わりする案を公式発表しました。被害者や支援者が切実に求めていた被告の日本企業の謝罪、賠償は一切なく、被告企業がかつて行ってきた強制連行、強制労働の責任を全く問わない「解決策」でした。日韓両政府とも被害者の人権回復の問題として考える姿勢は全くありません。

 こうした状況がある中、強制動員とはどういった問題なのか、そして実際の現場では何が行われていたのかについて改めて知る必要があると私たちは考えました。そこで「徴用工問題」に関して、第1回は民族問題研究所・植民地歴史博物館対外協力室長の金英丸さんに、そして第2回では、北海道・芦別にある星の降る里百年記念館・前館長の長谷山隆博さんにそれぞれ講師をしていただきました。講義の内容を感想とともに簡単に振り返っていきたいと思います。


2/20「徴用工問題」学習会第1回

 第1回は民族問題研究所・植民地歴史博物館対外協力室長の金英丸さんに講師をしていただきました。改めて強制動員問題とは何かということ、そして近年の大法院判決とその後の流れ、そして強制動員被害者の思いなどを話していただきました。

 講義の中で金さんが強調していたのは、「徴用工問題」をめぐる議論がお金の話ばかりになっていることの問題点です。本来は被害者の人権と尊厳の問題であるにも関わらず、賠償金をどのような形で払い、政治的にどう決着をつけるのかという話ばかりになっている現状があります。しかし、原告の被害者は一貫して日本側の誠実な謝罪を求めてきました。三菱重工の工場に動員された梁錦徳さんら原告の被害者の方々は、寄付金のようなお金はいらないとして、韓国政府の弁済案でのお金の受け取りを拒否する意向を示しています。決して少なくないお金を前にしても自分の意思を貫くというのは簡単なことではないと金さんは言います。それだけ強い思いをもって日本が謝罪することを訴え続けてきた、にも関わらずその思いを踏みにじったのが今回の解決案でした。本来は、日本政府、日本企業からの誠意ある謝罪があってはじめて賠償金の話になるべきではないでしょうか。日本から誠実な謝罪がない限り、強制動員問題に関して真の解決がなされることは決してないということがよく分かりました。

 金さんがお話していただいた中で特に印象的だったのは、李春植ハラボジに関するエピソードです。李さんは戦時中に日本製鉄釜石製鉄所に強制動員され、その後徴兵されて神戸の連合国捕虜収容所で日本の敗戦、朝鮮の解放を迎えました。李さんは、すぐに朝鮮に帰ることなく、1000キロの道のりを経て動員された釜石の工場に向かいました。自分が強制的に働かされたことに関しての未払金をもらいたいという思いがあった李さんでしたが、結局会社から何ももらえずに戻ってきました。戦争が終わってすぐに故郷に帰ることなく、1000キロ先の釜石までどういう思いで向かったのか、そこには日本によって奪われた自らの青春、尊厳を取り戻したいという思いがあったのではないかと金さんはおっしゃいました。被害者の方の多くは日本の植民地支配、戦争によって自らの大切な青春を奪われ、人生を破壊されました。「徴用工問題」というと、それが外交問題の一つであるかのように捉えられがちですが、そこに一人一人の人生があり、無念の思いを背負って生きてきた人々それぞれの歴史があるということに思いを馳せることが大切ではないでしょうか。もう一つ、李さんのエピソードで印象的だったものがあります。大法院判決後に日韓関係が破綻に陥るという報道がなされた際に、李さんがソウルまで来て、「私のせいで日韓関係がダメになっているのではないか」と心配されたということでした。責任をとろうとしない日本の問題であるにも関わらず、心配してソウルまで来たという話に李さんの人柄が現れているように思いました。

李さんは日本製鉄(旧:新日鉄住金)を相手取った裁判で存命する唯一の原告被害者であります。多くの被害者の方々が亡くなる中で、解決を遠ざける行動を繰り返し、問題を先送りにしてきた日本政府、日本企業への怒りを強く感じました。日本企業は大法院判決後に原告の弁護団側との話し合いすら門前払いし、問題を解決しようという姿勢は一切見られません。日本を「代表する」大企業である被告企業がこうした人権侵害を現在でも続けているという現実を私たちは今一度見つめ返す必要があると思いました。

 日本政府は「もし現金化が進めば日韓関係は完全に破綻する」という脅迫を繰り返してきました。そして現在の韓国の尹政権はそうした日本の主張に応じる形で、被告企業、日本側の責任を全く問わない形で問題の解決を図っています。被害者の人権を再び侵害する形で「徴用工問題」の解決が図られておりますが、こうした現状においても市民の連帯が重要だと金さんは最後におっしゃいました。強制動員問題においても、日本側と韓国側の市民の協力、連帯があってここまで運動が続いてきたという背景があります。私自身も市民社会を構成する一人として、自分の立場から何ができるのかを考えつつ、これからもこの問題にしっかりと向き合っていきたいと思いました。


3/9「徴用工問題」学習会第2回

第2回は北海道・芦別にある星の降る里百年記念館・前館長の長谷山隆博さんにお越しいただき、芦別における炭鉱現場の歴史や朝鮮人、中国人強制動員の実態について、写真や資料を見せていただきながら丁寧に解説いただきました。

長谷山さんの父は芦別の炭鉱で働いており、長谷山さん自身も子どものころから芦別で過ごしてこられました。しかしながら、子どものときに遊んでいた遊び場、虫をとりにいっていた場所、通りすがりの風景、そうした日常とともにある場所がかつて強制動員とそれを取り巻く人々の歴史があった現場だったということを大人になってはじめて知ったと言います。これは「徴用工問題」とは何かを考える上でも重要な視点ではないかと思います。強制動員といってもどこか遠い地で行われた歴史だとしばしば捉えられがちですが、動員現場は私たちが住む身近な場所にも沢山あります。「徴用工問題」は自分達のすぐ近くにある歴史だという認識を持ち、自分とも関わりの深い問題だという観点を持つことが重要ではないかと思いました。

強制動員の実態については具体的な数字とともにお話してくださいました。芦別を含む空知地方に動員された連合国捕虜は1596人(終戦時収容者数)、中国人は3514人(終戦時収容者数)、そして朝鮮人15479人(1945年6月末時点)ということで、いかに多くの人々がこの地に強制動員されたかが分かります。芦別に限ると、日本人が約4割、残りの6割が朝鮮人や中国人労働者だったようです。空知地方や芦別の現場では、労働力の大部分を朝鮮人や中国人、連合国捕虜に頼っていたことが分かります。また、中国人の死亡率は連合国捕虜や朝鮮人と比べて異常に高かったということでした。中国人はとりわけ栄養失調に苦しみ、日本人の食べ残りや捨てられた食材を中国人が競って拾って食べていたという証言が残っています。朝鮮人労働者は曲がりなりにも「日本人」という位置づけであり、日本人とは明らかな差別があったものの、中国人とは別の待遇でありました。中国人が一番過酷な立場に置かれていたことが、中国人が特に死亡率が高かった原因だったということでした。炭鉱、労働の現場においても植民地支配と戦争によって人々が階層化していた現実を知りました。 

また、炭鉱に動員された人々は「タコ部屋」「監獄部屋」と呼ばれる場所に押し込まれます。芦別においても、朝鮮人や中国人は場所も逃げられないような土地に住まわされました。また、軍人を用心棒代わりに雇い、労働者を監視していました。そして、炭鉱現場から逃げた労働者は「山狩り」をして捕まえて、他の労働者の前で見せしめという形で拷問を受けたということでした。さらには、労働者の給料は天引きされたり、賃金として現金を渡さないことで企業側が一方的に儲かる仕組みだったということです。非人道的で奴隷労働といえる実態が炭鉱現場にあったことがよく分かりました。強制動員問題に際して、こうした具体的な実態を多くの人々は学んでいない、想像できていないのが現状ではないかと思います。「徴用工問題」について考える際に、まずはその実態について知ることからはじめるのが重要ではないでしょうか。

また、芦別の炭鉱には「慰安所」が置かれていたことが分かっています。日本敗戦後に企業が資料を廃棄したことで、日本のおける企業「慰安所」の詳細はあまり分かっていないということでした。しかしながら、「慰安所」もまた、戦争の現場だけでなく、私たちにとって身近な場所、炭鉱などの労働現場にも置かれていたという事実は忘れてはならないと思います。

長谷山さんは講義の最後に、「当事者が生きているうちに解決すべき問題がたくさんあった」「その解決を今まで先延ばしにしてきたことに最大の過ちがあるのではないか」とおっしゃいました。現在も存命する被害者の方々の思いを全く考慮していない形で強制動員問題の幕引きが図られているのを見るに、この過ちが現在進行形で続いているのではないかと思わざるをえません。私たちは被害者の人生を忘れないために、これからもこの歴史を学び、記憶していくことが重要だと思います。芦別においては、もともと炭鉱の歴史については地域の学校教育においてもほとんど取り入れられず、戦後に芦別に来た人はそもそも歴史を全く知らないという状況があったようです。長谷山さんはそれを変えようと、地域の教員に炭鉱の歴史について学ぶ研修をしてこられました。こうした地域レベルでの学びの機会を設けることも、強制動員問題が身近な歴史だという認識を広げる上では非常に重要な取り組みではないかと思います。市民として何ができるのか、その問いに対するヒントも講義を通してたくさんいただけたように思いました。


最後に

今回発表された解決案は、被害者の存在を無視する形で結ばれた2015年の日本軍「慰安婦」問題に関する「日韓合意」の二の舞だと言えるのではないでしょうか。強制動員問題もまた、日本が戦時下、植民地支配という暴力の中で行った重大な人権侵害の一つです。そして、日本軍「慰安婦」問題と同様、被害者や被害者に連帯する人々が人権回復と問題の解決を目指して裁判やデモなどを通して闘ってきた歴史があります。戦争と植民地支配に関わる問題として、そして私たちにとってとても身近な問題だという認識を持ちながら、その歴史に向き合い、学んでいくことが、強制動員の歴史を次世代に記憶、継承していく上でも必要不可欠だと言えるのではないでしょうか。今回の学習会は、私たちが改めてこの歴史と向き合うことの重要性を再確認する機会となりました。講師をしていただいた金英丸さん、長谷山隆博さんに深く感謝申し上げます。

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